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理想の政治家について

私が理想の政治家を上げるとするなら、西郷隆盛を上げます。西郷隆盛は政治家なのかという疑問もありますが、私は彼の潔さが好きです。かれは幕末の薩摩を率いて薩長同盟を結び、戊辰戦争では江戸城を無血開城し、日本陸軍初の大将となり征韓論に敗れた後は、故郷鹿児島に帰り西南戦争でその人生の幕を閉じます。米国では映画「ラストサムライ」のモデルとして描かれますが、彼にはそもそも欲というものがなかったのではないか。欲というのは一人の人間としての欲です。地位や名誉、もちろんお金も。彼は憧れに生きた。幕末の薩摩を率いるまでになるまでの彼の半生、島津斉彬との出会い。師を喪失した苦悩、月照との自殺未遂、その後島津久光に受けた島流し全ての人生の浮き沈みは一貫した義に貫かれた結果にすぎないからです。そして為すべきことをなしたと自覚した後は故郷に帰り、静かに元の暮らしを始めようとする生き方は政治家として見習うべきところであると思います。頭で考えたことは間違えます。それは西郷にもあったのかもしれない。それはそれで受け止めて、静かに表舞台から降りる。しかし、腹で感じたこと。胆力と言ったりもしますが、その直感を大事に生きたであろう西郷の人生は筋が通っているのです。彼の人生で表現されるメッセージがあります。敬天愛人、天を愛するように人を愛す。西郷の言葉は西郷の人生であった。その通りに生きただけであったのだと思います。

西南戦争とは何だったのか。林房雄は「大東亜戦争肯定論」で興味深い考察をしています。近代兵器で武装した明治初年の陸軍は「サムライ」をその兵器で士族ではなかった町民、農民を組織的に訓練し打ち破ったがその帝国陸軍はやがて「西郷のような戦い」を大東亜戦争でしているのだと。やむに已まれぬ思いを受けて圧倒的な敵に向かっていった。そして帝国陸海軍はその80年の生涯を終えた。つまり日本はどこまでいっても日本であったのだと。私はこの林房雄の考察は日本の近代を考える上で非常に重要な視点を投げかけていると思います。そしていつの時代も腹で生きた「人生」は頭で考えるものには理解しがたいものなのです。

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