クリストファーノーラン監督『オッペンハイマ―』を見ました。先日『八月の声を運ぶ男』という映画を見たのですが原子爆弾を落とす側、落とされる側の映画です。アインシュタインらユダヤ人物理学者らは1938年ドイツで初めて核分裂反応が発見されたことを知り(この時期、世界中の物理学者は兵器への転用がされることを認識した)ナチスドイツへの脅威からルーズベルトに原子爆弾(核分裂爆弾)が開発される可能性を指摘しました。ルーズベルトは英国より原爆は技術的に可能かつ戦争中に間に合うという報告を受け、奇しくも真珠湾攻撃の前日、開発計画にゴーサインを出し1942年のマンハッタン計画(ユダヤ人物理学者オッペンハイマー)へと引き継がれます。皮肉なことにドイツの降伏により日本に落とされたというのが現実でした。『八月の声を運ぶ男』は長崎の被爆者1000人の声を録音した伊藤明彦さんの実話を元にした映画です。この二つの映画や様々な史実を見て思うのは広島、長崎は人類のあらゆる業を背負わされたということです。アメリカ人が原爆が戦争を終結させたというのも彼らなりの精一杯の正義でしょう。実際日本も東條英機の直々の命により1943年から原爆開発を進めていました。又アメリカは日本本土決戦において戦時国際法で禁止されていた毒ガスを使用する計画でした。疑心暗鬼と最悪を想定した反撃の為の兵器が使用されてきたのです。囚人のジレンマという法則あるいは悪貨は良貨を駆逐するとでもいうような状況が生じていると言わざるを得ません。人と人との錯誤の歴史。人の抱くネガティブな恐れや不安や疑いの心が結果としてそれを引き寄せているのがよく分かります。そして政治家の果たす役割と責任はかなり重いものがあると感じました。
ある二つの映画について

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